最高に価値のあるもの

最高に価値のあるもの

自分にとって「最高に価値のあるものとは何なのか?」
真正面から考えたことがなかったように思います。

また、「自分はどんな人間になりたいのか?」
ということも真剣に考えることもありませんでした。

最高に価値のあることは、
『自・分・が・ど・ん・な・人・間・に・な・っ・た・か』
ということだったのです。
このことがわかり、安堵の気持ちになれたのです。

価値あるものを外に求めなくてもよく、当てもなく探し
まわって頼る必要がないことによる安心感でした。

自分自身で何とかなるということは、その力が自分にある
ことであり、困難を乗りきる上でとても心強いことです。

他に依存する必要がないこと、頼れるのは自分だけだという
ことは、また全ての責任を自分が取ることでもあります。

いま私が手がける課題は、自分が決めた約束を守ることと
立てた計画を確実にやっていくことです。

最高のものをめざす自分の進む方向が、ボンヤリと見えて
これまでにない展開になる予感がしています。

1日1食の体験記18~現在の状況

1日1食の体験記18~現在の状況

私がめざしていることは、食べる食べないということに、
一切こだわらなくなって、より自由になることです。

今までがあまりに食べることにとらわれていましたので、
それをまず手放すことが先決だと考えています。

身の周りやどこかに出かけたりすると、飲食に関連する商品、情報が
あふれており、手放すことは容易でないことを実感します。

だからといって食べないことに、とらわれ過ぎても、別の枠に
ハマる結果になってしまうので注意しているところです。

数十年来、私が口にして来た物は、ほとんど野菜と穀物でしたが、
それでも不都合なく過ごして来られました。

栄養のあるものを食べなくては、生命が維持できなくなる
ということは、ほぼ間違いだと思っていますので、

何も食べないても生きている人がいる、と聞いても
自然に受け留めることができたのだと思います。

食べる食べないことや何を食べるかは、その人の趣味趣向の
問題で、生きて行くには別段どちらでも支障ないように思います。

飢餓という問題は、食べなければ生きていけないという
強い思い込みが、大きな要因になっているように思います。

例えば地震などの自然災害に対して、恐怖感をいだくのは食べものが
絶たれる恐れに反応している面もあると思うのです。

食べないと生きられないという思い込みを持ったまま、食べられない
状況になったら、食料をどう確保するかは死活問題になります。

しかし逆に、食べなくても生きていけるということを知った瞬間に、
大きな安心感に包まれるのです。

計画を終えてから、その日を始める

計画を終えてから、その日を始める

「その日の計画を終える前に、その日を始めてはいけない」
この言葉を聞いて、私はハッとしました。

これから迎える1日1日を、何の計画も立てないで、
その日を始めることの“愚かさ”に気づいたのです。

自分がその日をどう過ごしたいのか、前もって意思表示せず
どうやって望むことが実現できるというのか。

計画通りに行かないこともあるかも知れないが、
それはそれで構わない。

軌道修正する必要性に気づけただけでも有り難いことです。

計画のない成り行き任せの人生に、
幸福や成功、生きがいはあり得ず
苦労ばかりで報われないことにやっと気づけたのです。

なぜ今まで、思う通りに行かなかったのか。

ボンヤリと考えていただけで、はっきりと明確に望むことを
宣言したり表現しなかっただけだったのです。

だから今すぐ、やるべきことは
計画を立てること、つまり
自分の思う通りにやってみることなのです。

人生の目的は何か

人生の目的は何か

私には2つのテーマがありました。
いかにして稼ぎ、食べて行くのか?と
いかにして生きて行くのか?

しかし、いかに稼ぐかは
人生の最終テーマでないということに
うすうすは気づいていました。

今回、これまでどっちつかずで来た反省と
時間は有限!であることを考え、
一点に集中することに決めたのです。

まず稼ぐことに集中して自由を獲得することを
最優先にして取り組んでいますが、
稼ぐという課題で一生を終えるのではなく

いかにして生きて行くのか?
それを人に伝えて行くことが
自分の使命だと感じています。

どのようにして生きて行けばいいのかは、
人がどのようにして生きて来たかを
知ることで、はじめて
自分の生きる意味がわかり
生き方を決められるものでした。

どのような人たちから学べばよいのか?
私は人間的な生き方は、延々と伝承して来た
ネイティブ・アメリカンの人たちから、

日本人としての特質は、
例えば安岡正篤氏の書物などを
参考にしています。

人としてどう生きるか?
先祖代々から受け継がれて来た
自然と共生する生き方から学び、

後世の人たちに伝えることが
人生ではないかと思うのです。