人にすることは自分にすること

あれほど、人にしたことが自分に返ってくることをまざまざと
実感できた体験は、今まで1度もありませんでした。

20年以上前、農業に新規参入して順調なスタートしたものの
その後、出荷先に困る状況が続き完全に行き詰まっていました。

生産意欲をすっかり失くしていた頃、地元で直売所がオープン
しました。

組合員になり野菜やパンを出品しましたが、今一つ身が入らず
仕事に張りあいを感じなくなっていました。

そして6年後、組合の代表を引きうけて初めて販売の仕事にも
たずさわるようになりました。

それまで自分のことだけで精一杯という枠がはずれ、みんなの
ものをどうやって売っていくかを真剣に考える毎日でした。

眠っていた自分の力を試す機会となり、人のものを売ることに
今までにないおもしろさを見出したのです。

人づき合いが苦手だったのが、人と対等につき合うすべも身に
つけることができ、自身の成長の手応えを感じていました。

人に尽くすという行為がこんなにも幸運をもたらすことに驚く
と同時に、自分を見直し自信をもつキッカケにもなったのです。

1日1食の体験記20~1日1食を再開する

なぜ1日1食が定着しなかったのか、わかりました。
自分にその用意ができていなかったのです。

信念をもつとは、なし遂げたいことのためなら
どんなことも捨てる覚悟をもつことでもあります。

新しいことを定着させるには、これまでの考え方を
新しいものに変えなければならなかったのです。

それで私は1日2食もありという考え方を捨てて、
1日1食のみの生活を敢えて選択しました。

やってみると、これまでどうしてできなかったのか
不思議に思うほど容易にできています。

1日1食を再開して2日目も、難なく実践できている
のです。

ここに来て、ようやく用意が整ったからかもしれません。

1日1食の体験記19~本来の力を取りもどす

朝食は野菜スープと生サラダとパンを、
お昼は野菜をはさんだサンドウィッチなど
となっています。

この2食をとった翌朝は、お腹が重く
食べ過ぎだと感じていても
1食だけの生活に踏み切れませんでした。

しかし食べたいという思いとお腹の状態は
一致していないということがよくわかりました。

そして今回ようやく1日1食に再度チャレンジ
するときが来ました。

なぜ、やる必要があるのか、その理由をしっかり
落とし込み、その決心を固めたところです。

これからまた、その再挑戦の体験記を書いて
行こうと思います。

欲しい結果を引き寄せる

欲しい結果を得るには、自分がどういう考えを持ち
何をやっているかが重要です。
その結果として望む状況が引き寄せられます。

私は場合、自分の役立てることで、
人に役立ちたいという思いが根底にあり

そのための知識と技を身に付けることに、
多くの時間と労力をかけて来ました。

人生とは自分を生かしきることに意味がある
ように思います。

次に引き寄せたい理想の姿とはどういうものか
について記したいと思います。

それを表すキーワードがいくつかあります。
その1つが「成長」であり「気づき」です。

新しい気づきを得ることで、
自分の考えや行動の枠が広がり、

身の周りや意識の面で変化が生まれて
より成長できたことに喜びを感じるのです。

そして自分の成長に役立つことは
人の成長にも役立つということを知り、

人の成長につながることを通して
自分も成長できる道を歩み始めたのです。

自分の言葉づかいを改める

ふだん何気なく使っている言葉から、
自分がどういう人間なのか?
推し量れるということです。

立派な人間になりたいと願いつつ
人に対して投げやりな態度で接するなど
矛盾した生き方をしていました。

言葉づかいに気をつけて、
言葉を選びながら話すようになって
会話に
より集中できるようになりました。

また、敬意をもって相手に向き合おうと
自ら意識づけを行うことによって
自分らしさも出せるような気がします。

言葉づかいを変えるだけで
自分の振る舞いや態度が変わりはじめ
周りに対する見方も
変わるのを実感しています。

成功した人というのは
成功に値するだけの人間的魅力と
真実を極める脳力を備え

物事へのとらえ方や語る言葉には
多々学ぶべき点があるように思います。

立ち直る力を身につける

立ち直る力を身につける

立ち直る力を身につける、と題しましたが、
本当は、立ち直る力はすでに備わっているものでした。

生命とは、もともと自らを打ち消すものと立ち向かって
行くことで、成り立っているもののように思います。

自分がそれを無効にするような行ないさえしなければ
自然と立ち直って行けるものだったのです。

どんな偉人と呼ばれる人であっても、何度も立ち直るという
場面が過去に必ずあったと思うのです。

自分がダメなのではなく、そもそも何もかも上手く行くように
この世界はできていないと、とらえることが肝心なのでした。

逆になんでも簡単に実現できたとしたら、かえって面白みもなく
感動も湧いて来ないので、飽きてしまうことになるでしょう。

簡単に行かないからこそ、真剣に向きあい知恵を出して
全力を注ぐ気になれるのだと思うのです。

なぜ『艱難辛苦』(かんなんしんく)というものが世にあるのか、
その意味がやっとわかりかけて来たように思います。

規律は軽く、後悔は重い

規律は軽く、後悔は重い

やってもやらなくても別にいいことを、やり続けるには
よほどの理由があった場合にかぎるように思います。

例えば日記をつけることや身体を鍛えることなど、
何回か中断があったものの
今も続いているものは、自分に必要だと思うものでした。

しかし続かないものが無数にあったのも事実で、それらは
自分に必要性がなかったといえるのかもしれません。

これから何かやろうとする場合は、本当に必要なことだけを
手がけ、貴重な時間をムダにしたくないと思うのです。

今やるべきことは、やっていることの棚卸しをして
ぜい肉を落とし、どうしても
必要なことや大事なことだけに集中することです。

そのとき、力強い味方になってくれるのが規律です。
規律を守るという、この一点さえ押さえればいいのです。

最高に価値のあるもの

最高に価値のあるもの

自分にとって「最高に価値のあるものとは何なのか?」
真正面から考えたことがなかったように思います。

また、「自分はどんな人間になりたいのか?」
ということも真剣に考えることもありませんでした。

最高に価値のあることは、
『自・分・が・ど・ん・な・人・間・に・な・っ・た・か』
ということだったのです。
このことがわかり、安堵の気持ちになれたのです。

価値あるものを外に求めなくてもよく、当てもなく探し
まわって頼る必要がないことによる安心感でした。

自分自身で何とかなるということは、その力が自分にある
ことであり、困難を乗りきる上でとても心強いことです。

他に依存する必要がないこと、頼れるのは自分だけだという
ことは、また全ての責任を自分が取ることでもあります。

いま私が手がける課題は、自分が決めた約束を守ることと
立てた計画を確実にやっていくことです。

最高のものをめざす自分の進む方向が、ボンヤリと見えて
これまでにない展開になる予感がしています。