1日1食体験記9~飲食すると疲れる

 

連日の疲れを感じるのは、あるいは昼食を急に抜いたことによる影響かもしれないと最近感じています。

しかし食べても飲んでもその都度、疲れを覚えるのはどうしてなのかは、体力の少ないところに消化にエネルギーを取られるからかもしれません。

 

体力を付けたいのですが、そのためには昼食をある程度摂る必要があるのかもしれないと思うようになりました。

身体の態勢を立て直して再度1日1食へと地道に進めて行くことが今肝要なことかもしれません。

 

1日1食体験記8~少し慣れて来た感じです

最近、消化吸収による一時の疲れ以外に、肩こりとか眠気とかはほとんど感じなくなりました。むしろ、身体は快調な感じがします。

それは少しの食べものしか身体にないからで、もし全く食べものを摂らなければ身体は最高にいい状態になるのではないかと予測できます。

 

1日1食が定着できた後は、行く行くはそこまで持って行って実際に体験してみたいと楽しみにしています。

今はごくたまにある食べたいとか飲みたいという衝動とどう付き合って行くかで、日々試行錯誤を繰り返しています。

 

あまり我慢はしないで、食べたかったら食べ飲みたかったら飲んで、その結果を体験してから今後どうするかを決めるようにしています。

焦らずに気長にやって行くことがもっとも大切だと毎日、自分に言い聞かせているところです。

 

1日1食体験記特1~体が慣れるように気を配る

 

自分のからだに意識を向けるようになってから肉体的にも精神的にも楽に過ごせるようになったと思います。

もちろん完全ではありませんが、そういう時が多いように感じるのです。

 

食べないと力が出ないという思い込みやあれもこれも食べたいという欲求を満たすために、からだに様々な負担をかけて来ました。

それだけではなく食べるための時間や食後の休み時間、お金などを相当つぎ込んで来ました。

 

生きるためにこれらは、必ずしも必要ではなかったとすれば呆然としてしまいます。

しかし気づいた今から、からだを食べることから解放して行けばいいのだと思います。

 

1日1食体験記7~快適さとどん底が同居中

1日1食にしてから11日を経過し身体が浄化の方向へ進んでいるのは間違いのないことだととらえています。

しかし慣れていないことによるアクシデントが何かのきっかけで起こるのは仕方がないことだと理解できます。

 

今回なるべく無理をしないで少しずつ試みていくことの大切さを改めて知る結果となりました。

本当は朝食も摂らないほうが身体に負担をかけずに、ベストだと感じています。

状態が安定したら今度は徐々に減らして行こうと思っています。

 

1日1食体験記6~飲みたい時には飲めばいい

1日1食体験記6~飲みたい時には飲めばいい

今回はなぜ1日1食を目ざしているのか?を書いてみたいと思います。

一言でいうと、不食へ進みたいからです。つまり食べても食べなくて
もいいという究極の自由を手に入れるためです。

現に食べないで生きている人が世界に数万人はいるとすれば、明らか
に食べないと生きていけないというのは、思い込みに過ぎないのでは
ないかと思えるのです。

食べなくても生きていけるかどうかは、自分で体験的に確認できると
聞いてやらない人がいたら、なぜやらないのですかと逆に聞きたいぐ
らいです。

不食によって数多くの好ましい状況が得られるとすれば、それを選択
しないことのほうが不合理だとさえ言えると思います。

今に全神経を集中させる

 

よく仕事をしながらオーディオセミナーの音声を聞いたりして来ましたがこれは注意を散漫にさせる元だと気づき、今後は慎むようにしました。

だから今やっている以外のことを考えるクセが出来てしまって、注意していないと意識は他のことに向いてしまっていることに度々気づくのです。

 

何かをしながら別のことをやるのは、よほど注意しないと集中力を損なうことになるとわかりました。

今やっていることに注意を向けることの重要性を改めて強く認識する必要を感じました。

 

今後は1つのことに集中する練習をして行こうと思います。車の運転中は前に集中すること、毎日パワーのある言葉と共に黙想することなどです。

 

1日1食体験記5~想定外のことを乗り越え中

 

日中も横になって寝ていることが多かったので、夜の睡眠はそんなに必要がなくなったため、途中で目が覚めたのだと思います。

また、お腹や意識はしっかりしているのに、からだ全体がそれに追いつかずだるさや疲れを感じたりするのだと理解しました。

 

お腹に食べものがほとんどない状態とは、とにかく軽くて楽だと言うことができると思います。

お腹に意識を向け続けてみてわかるのですが、空腹とは明らかに違うのです。

 

それが本来の快適な状態なのです。逆にお腹がその状態だからこそ食べものを十分に味わうこともできるのだと思いました。

それにしても、からだ全体に力が入らないことや歩いていてもフラフラしてしまうのには参りました。

 

普通と違うパンを焼けと命じる心

 

パンを焼くにしろ野菜づくりにしろ、みんなと同じことをするなら、自分がやる意味は無いと思って、常に違うことをやって来ました。

いま行われていることがおかしいから、それを少しでも変えたくて自分で新たに始めるケースがほとんどでした。

 

私のこれまでの人生は、本当はこうでしょうということを身を持って示したくて、生き方を変え自己主張し続けて来たように思います。

異議申し立てるような生き方を選択して来ましたが、ほんとうは何がしたいのかに焦点を当てる時にあることをいま実感しています。

 

この世はおかしいことだらけで、その1つ1つに関わっている場合ではなく、その根本に迫る必要があることがようやくわかって来たのです。