他者との関係で生きる

いつも考えていたり注意を向けているものに、自分の貴重なエネルギーを注ぎ込んでいることに気づかず無意識にやっていたことを、最近は意識するようになりました。

これまで目の前のことにあまり注意を向けないで、過去や先のことなど、ここにないことに意識が向いて望まない結果を引き起こしていたのです。

 

もちろん理想を描いたり過去を省みるのは有益なことですが、いまやっていることをおろそかにして、あと先を考えるのは止そうと思ったのです。

しかし、これがなかなか難しいのも事実で根気よくやって行く以外に方法はなさそうです。

 

どれだけ今まで力をムダにして来たのかがわかったからこそ、こうして今1つの方向に意識を向けるように訓練するようになりました。

例えばブログの記事を書くなら、それに集中しさえすればいくらでも書けることがわかりました。

 

それをあれこれと、あることないことを考えるから書けなくなっていただけだったのです。

何をやっても出来ないのは、意識をそれに向け続けること、つまり集中することの偉大な力を知らないだけなのです。

今ようやく、そのことがわかり始めたところです。

 

 

1日1食体験記16~元の身体で再挑戦へ

 

お腹にいつも食べものがある重い場合と、お腹に食べものがない軽い状況を体験してみて不思議に思いました。

お腹は重いが疲れを感じることはないという現実に対して、お腹は軽やかなのに全身に力が入らないという現実もありました。

 

単に身体が慣れていなかったからだと思っていますが、その大きなギャップには驚いてしまいました。

身体にとってはどっちが好ましいのかは、実感してみて明らかに軽やかで1食を十分に味わえる状態のほうだと思うのです。

 

また時間的にも精神的にも1食の時はゆとりの感じ方が断然違っていました。

ぜひとも1日1食を定着させたいという思いは強く、今のところやってみる以外に選択の余地はないようです。

 

1日1食体験記15~お腹にいつも食べものがある

身体の特にお腹に意識を向け続けていると、こころもニュートラルになっていることに気がつきます。

だから普段の頭に意識が向いている状態では、たえず物事に良い悪いの判断をしていたこともわかりました。

 

それだけでなく先の心配をしたり、やったことをいつまでも悔やんでいたりと、あと先の心配をしている自分にも気づけるのです。

身体に意識を向けるということは、今に意識を向けることでもあり、ありのままを受け留める気持ちにもなっているということです。

 

それらに気づいてからは毎日、身体に意識を置いて車を運転したり仕事するように心がけています。

 

1日1食体験記14~お昼を多めに摂ってみる

小倉重成さんの「1日1食健康法」には、1食に切り替えて辛いのは3~7日間ぐらいだと書かれていました。

徐々に少なくして行くのであれば、あるいはそんなに辛い体験をしなくて済みそうかもしれません。

 

今回のいきなり1食に切り替え大変な体験をしたことを踏まえ、また1週間ぐらい耐える覚悟で再度1日1食に挑戦して行こうと思います。

ただ、食べたいとは思わなくなるまでは、どうしても食べたい時には食べても構わないことにしてストレスを溜めないように気をつけます。

 

1日1食に行き着くまでの過程も存分に楽しんで行こうと思うのです。

 

1日1食体験記13~少量の昼食で乗り切る

 

ほぼ以前の1日2食の形に戻しましたが、わずかでも1日1食の体験を経た後なので2食は通過点としてとらえています。

これまでは食べるのが当たり前でしたが、今はいずれ食べなくて大丈夫だと思って食べているのです。

 

いつでも食べないことを選べる自由を持ちながら食べていると、かえって食べものというものが尊く有り難いものに思えます。

前よりも食べることを楽しめるようにもなり、1日1食に向けてじっくり歩んで行くプロセスととらえており、何のこだわりもないのです。

 

食べなくても生きておられる人たちの存在が大きな支えになっています。

1日1食でも、食べなくてもいいんだとわかり、とても楽になったのです。

 

1日1食体験記12~昼食を摂るとその日は良い

 

ここまでで理解できたことは、昼食を摂ると翌朝のお腹は食べものが残っており、昼食を摂らないとお腹は軽くて爽快になるということです。

また昼食を摂らないと身体全体としてはその態勢にはなっていないので疲れを感じたり力が入らなくなるという現象が起こるということでした。

 

今後は昼食を少しずつ減らして行くことで徐々に身体を慣らして行き、最終的に昼食を摂らないようにしようと思います。

いきなり昼食を抜いて大変な目にあった経験を生かして行くことにしました。

 

それにしても日々、飲食する機会を伺うというか、ヒマがあれば食べたり飲んだりする思考回路に凝り固まっている自分自身にハッとさせられます。

気がつけば世の中は、人も社会の仕組みもまるで食べること飲むこと中心に動いているのではないかとさえ思えるのです。

 

それがいいとか悪いとかではなく、何か異様さをそこに感じるのです。自分たちのしていること、陥っていることに気づかないところが危ういのです。

 

1日1食体験記11~昼食を軽く摂る

 

1日に1食を摂るのと1日に2食を摂るのとで、その大きな違いはお腹の感覚がつかめるようになって、はっきりわかりました。

2食摂った翌朝は、起きた時に昨日の食べものがお腹に残っている感じがして、気持ち的にもあまり良くありませんでした。

 

それに比べ1食だけの時の、翌日のお腹の爽快感は格別でした。味わってみないとそれはわからない感覚なのです。

一度でもそれを味わってみると、ほかの状態の異常さがやっとわかり、今までの考えの誤りにも気づくことができたのです。

 

もう一度、次の日も昼食を摂ってみることで、よりはっきりすることになりました。

 

1日1食体験記10~身体に従うようになる

 

身体に意識を向けてその声に従って行動すれば間違いのないことがようやくわかって来ました。

自分で勝手に決めつけたり身体に押し付けたりすると、必ず後で疲労や痛みを伴った報いを受けることになりました。

 

自分の好き嫌いとか欲望を減らして行き、究極的に自分をなくすことで全てが手に入るように宇宙の仕組みはなっているのではないかと思うようになりました。

それに気づくのが早いか遅いかの違いがあるだけで、最終的には誰もがそのように進化して行くものだと思うのです。