包み込む大 きな自分を生きる

これまであまりに、思い通りに行かない状況に出合った時、反発したり、がっくり来たりというパターンを何度もくり返して来たので

そこから完全に抜け切るのにまだ時間を要するのは仕方のないことだと思っています。

 

周りに抵抗したり逆に非力に陥ると、自分の貴重なエネルギーを自ら消耗することになる、と気づけただけでも幸運なことでした。

本当は、抵抗したり非力になる小さな自分や周りの人をも包み込む大きな自分というものを生きることだったのです。

 

これを日常のあらゆる瞬間に落とし込むこと、記事や動画に盛り込むことです。

理想の未来に向かう

いま仮に周りにあるもの全てがなくなったとしたら、自分はどうするのか?

この問に答えることで、迷いを断つことができることを知りました。

 

何もなくても自分の未来だけは頑然とそこにあることに気づくのです。

そうして今という時があります。この今と未来があれば何でも出来ると思えて来ます。

 

今しかやれないことを直実に一歩ずつやる、ただこれだけです。

毎日いろいろな出来事が起こりその一歩に困難を伴うことが何度もあります。

 

しかし私はこの一歩が全てだという気持ちだけは持ち続けていたい。

だから必要なことに注意を向けから、またいつもの一歩に立ち戻って進めばいいだけです。

 

目の前にはいつも理想の未来があり、それに向かうことが私の務めなのです。

抵抗はしません、逆らいません。しかし一歩を進むことにこだわり続けます。

 

 

ネガティブ要素があるからこそ

たとえば、タイヤと道路の間で摩擦があるので、車は走ることが出来ます。

もし、車が前に進ませずにアクセルを踏み続けたら、どうなるでしょうか?

摩擦が大きくなってタイヤがすり減ってしまうことになります。

これは邪魔をする相手と戦ったり、抑えこんで神経をすり減らしていることと、どこか似ていないでしょうか。

 

マイナス思考や障害に出合ったら、どうすればいいのか。

快く受け留めた上で、自分の心を進む方向にだけ、焦点を当て続けることに専念することです。

これまでの難題すべてを切り抜けて、いま自分がここにこうしているということは、これを無意識にやっていたということです。

 

自分の中のネガティブな思いも、まったく同じように扱って行けばいいだけで、力が付くというのはこういうことだったのです。

 

 

イメージできる文章を書く

 

常に目的の情景をイメージしてみること、次にそこに至るまでの過程をイメージしてみることでイメージ力が鍛えられということです。

急いでいる時はそれに近いことを行っていることに気づきます。

 

ただし焦りながらイメージしているので予期せぬことに出合うとすぐパニックになってしまうのです。

予想される望ましくない状況の対処法を予め考えておけば、余裕が持てるのでパニックにならずに済みます。

 

書く場合にも同じように、想定される出来事にどう対応するのか、そういうこともきちんと書いておくということでした。

 

 

完売することに力を入れる

 

商売は結局のところ、お客さんにどれだけ喜んでもらえるかということに尽きるような気がします。

なぜ、この仕事をやっているのかは、食べものほど端的にお客さんの反応が直に返ってくる業種は他にないと思うからです。

 

そして安さよりもむしろ美味しさや質の高さに価値を置くお客さんを相手にして行きたいと思っています。

なぜか幼い頃から食べもの屋さんに惹かれ、食べものを扱う仕事に就こうと決めていたのです。

 

その後、添加物や農薬の問題のことに気づき現状を変えたい思いも加わりました。

 

 

人とどう関わって行くか

 

例え自分1人でどんなことが出来たとしても、そこには自己満足があるだけで、真の感動は生まれて来ないと思います。

人は他者と一緒になってやり遂げた時とか他者と共有し合えた時に大きな喜びを感じるようにできているように思われます。

 

また人は、人との関わりの中でしか成長できず、それは他者を鏡にしてしか自分を知り尽くすことができないからだと思います。

結局どんな人生にして行くかは、どういう人とどう関わって行って、自分はどう変わって行きたいのか、ということでもありました。

 

 

豊かさを加速させるもの

 

この世界は富で溢れていることを自覚すれば、すでに自分は豊かであることもわかります。

後は手にある富を使って、更に価値あるものを生み出すことに努めて行けばいいということです。

 

富は持っていることに価値があるのではなく、それが生かされ新たな価値が産み出されることによって富としての価値があることになります。

人間の能力も持っているだけでは意味がなく、その能力を使い新しいものを産み出してこそ、価値があるということと同じです。

 

また祈る行為というものにも、より豊かになるために大きな力になることを知り始めました。

人は無意識に祈り続けた結果、求めていた成果を手に出来たことがたくさんあるはずなのです。

 

 

自分の振る舞いを観察する

無意識な状態とは、基本的に自己中心的であり、ある種の防衛本能が働いているように思いますが、それはある意味で当然のことでした。

 

それに対して意識的に関わって行こうという状態とは、相手に焦点を当ててその人を理解し受け入れようとする態度で、相手と自分は一体だという前提で動くことでもありました。

 

私がめざして行きたい方向は、もちろん意識的に生きることであり、全てとの一体感を取り戻すことなのです。

意識を極限にまで駆使して本来の自分の能力を引き出し、それを使って物事の本質の部分に迫って行くことです。