ありのままで生きられる

そのきっかけは、失うと恐れていたこれまでの信用とか評判などというものは偽りであって、ほんとは失うものなど何も持っていなかったということに気づけたことと、

自分には望むどんなことも出来る可能性だけがあり、出来ない能力がないという思い込みから自由になれたからです。

 

自分にとって一番身近なこの身体ひとつとっても想像を絶するほどの能力を秘めた絶品であるということを知りました。

ちょっと考えただけでも食べ物を消化吸収する消化器官から呼吸器官、排泄器官、脳神経や免疫システムなど身体の諸機能、仕組みの複雑さに加えて更に、何とそれら無数の働きがすべて有機的につながっているということです。

身体がそれほどのことが出来るなら、私という存在はもっとそれ以上のことができても不思議でも何でもないということです。

 

 

なぜ、これをやっているのか

いつまで続けられるかわかりませんが、ひとつひとつ積み上げていくことの大変さ、楽しさが伝わればいいと思います。

最近、先の結果よりも日々の積み上げる行為そのものが尊いものだということに気づきました。

 

それはやり続ける行為の神聖さというものに触れ感じられたと言ってもいいかもしれません。

積み重ねた結果というのはその積み重ねへのご褒美のようなもので、そのプロセスにこそ価値があるということです。

 

 

人は見ないし読まない

 

ネット上にどんな有益な情報を載せても、人はまず読まない、読んだとしても信じない、信じたとしてもその通りに行動しないとよく言われています。

自分のことを振り返ってみれば確かにその通りだとわかります。

人の言うことを信じない心のブロックがあったり、予備知識がないために気づかず自分に関係ないと思って無視したりするものです。

 

でも、本当に有益な情報だということがわかると、もっと詳しく知りたくなって、場合によってはお金や労力も惜しまず、時間をかけてでも手に入れようとするのです。

だから伝える側の務めとしては、手を変え品を変え何としてでもその価値が伝わるように、あらゆる努力が求められるのです。