無知と行動

今朝はずいぶんと
気温が下がりましたね。
室内で13℃、
思わず
ストーブを点けてしまいました。

さて、人は行動しないです。
なぜ行動に移せないのでしょうか?

まず考えられるのは、
行動することでリスクを負う
ことへの恐れでしょうか。

行動することで
得られるメリットよりも
デメリットの方に意識が向いて
ブレーキをかけたり、
決定を先送りにしがちです。

「失敗したら大変だ」
「間違っているかもしれない」
「後でまた考えよう」
「今でなくてもいいじゃないか」
と。

また疑い深くなった
のも要因としてあげられます。

知らないことへの恐怖は、
人が行動したり決断するときに
意外と大きな影響を与えています。

知らなかったことがわかって
行動する段階に至るには
時間と労力、根気がいるので
無知のまま見過ごすことが多く、

意識的に情報を取り入れて
考え行動するように
自分を変えていかないと、

これからは情報格差による
不利益が発生し、
否応なく望まない方向へ
押しやられることになる
かもしれません。

インターネットが
これだけ普及した現代、
ある情報を
知っている層と知らない層
の2極化は
ますます加速するように思います。

変化を起こすには

今朝トイレ掃除をしました。
これまで掃除は
汚れに気づいた時にしていましたが、
昨日ある方から
毎朝すると一日を気持ちよく過ごせる
ことを教わったからです。

確かにトイレの中は
きれいになりましたし、
それ以上に
心がさっぱりした気がします。

以前にもトイレ掃除のことは
聞いていましたが、
頭でわかっていても
なかなかその気にはなれませんでした。

その理由の根本には
ウンチは汚いものという思い込みであり、
手に触れたりするのがイヤで
ずっと避けていました。

しかし最近になって徐々に
考え方、感じ方が変わり始めました。

自分の体から出たものが
どうして汚いものなのか、
が納得できなくなったのです。

まだ汚いという思い込みを
完全に捨てられたわけではありませんが、
これを機会に毎日
トイレ掃除をやろうと
行動を起こしてみることにしました。

雑巾(ぞうきん)とバケツを用意して、
床の汚れをまずふき取っていき、
便器も手でしっかりと雑巾がけを行いました。

ていねいにやっても
8分くらいで済み、
わずかな時間と手間しか
かかりませんでした。

こんな簡単にできることだったのに、
今までどうしてやれなかったのか
と不思議に思ったりします。

今回のトイレ掃除に対する
自分のとらえ方の変化を振りかえり、
人生に起こることは
すべて自分が創りあげていること。

しかも記憶にある
決まったパターンで、
感じ考え行動しているということ。

そのことが腑に落ちていると、
これまでの感じ方や考え方、
行動のおかしさにも
やがて気づくことができて、

それまでのパターンを
一気に変えることもできる
という一例なんだと
改めて知ったのでした。

『選択』を認める

あなたは自分の人生を
自分で選んで創ってきたと
素直に
認めることができるでしょうか?

ここがこれからの人生を
変えていく上で
大きなポイントになります。

自分が経験する世界、
現実というものは
自分が日々選んで
創りあげていることを
認められないなら、

これからも
自分の人生を変えるのは
むずかしいというか、
できないでしょう。

自分の無意識による選択で
自分の人生が決定されているというのに、
それを認めず
自分の関係ないところで
自分の人生も決まるという
他人まかせで、
自分の人生に責任を持つ
気がないからです。

ですから、
この現実を創っているのは
自分なんだと
素直に認めることがとても大事です。
もちろん、
そう思い込むことではありません。

よくよく考えれば、
身のまわりのすべての出来事は
何らかの形で自分が関わり
思ったりしたことの結果であることが
わかるはずです。

実は私も
自分が経験してきたことは
自分が招いたことなんだ
と指摘されても
なかなか認められずに、
モヤモヤしていた時期がありました。

しかし一つ一つの出来事の
その元をたどれば、
心あたりがあることばかり
だったので
認めざるを得ませんでした。

一例をあげますと、
行き着くところで、
ことごとく上司とぶつかって
その職場を去るという経験が
3回も続き
困った状況になったことがあります。

なぜこんな目に会うのだろうか
と、いろいろ考えてみる
機会でもありました。

そしてようやく気づいたのは
相手の気持ちをくみ取れずに
自分本位でしかものごとを考えられない
自分に原因があったことです。

この気づきのために
私は何度も同じ場面を選び
自分で引き寄せていたのです。

これが自分の
無意識による選択で
自分の人生を創りあげている
という意味なのです。

おそらくあなたも同じような体験が
あるのではないかと思います。

自分の人生で
何を経験するのか?
ほかの誰でもなく
自分自身の選択で
決めているということでした。

経済的豊かさ

お金に縁のない生活をしてきた
自分のあり方そのものが変わると、
実際どのような変化が
自分の現実に起こるのか、
考えてみたいと思います。

まず記憶の中の
情報のつながり方が変わります。

例えばお金やお金持ちの人、
経済的な成功に関係するものごとに対して
自分の解釈、意味づけが
大きく変わってきます。

自分の過去を振りかえってみますと‥
幼少の頃、近所の裕福な家庭で
遊ぶ機会がありました。

おだやかな大人の人たちに
見守られながら遊んでいたのを
覚えています。

部屋の空気もおだやかで甘い感じ
明らかに自分の家とちがっていて、
また行ってみたいと
裕福な家庭へのあこがれを
持ったものでした。

そんな体験をしたにもかかわらず、
いつの間にか、
お金持ちの人たちは
影でこっそり悪いことをして
儲けているにちがいないとか、

自分とはちがう人種の
人たちなんだと勝手に思い込み、
なぜかお金を悪の根源のように
思うようになったのです。

お金を儲けようとするのはいけないこと、
例え大金持ちになりたくても
自分は無理だし、
なれるわけがない
という大きな壁を作っていたのです。

それでいて働いて得られる
お金の少なさに
将来への不安におびえながら、
もっとお金があれば
心配しなくて済むのにという
矛盾した生活をしてきたのです。

そうしたお金に対する
片寄ったとらえ方は大なり小なり
誰もが持たされています。

私の場合はそのことに気づけたから、
どのようにすれば
その偏見から抜け出せるか
見ようとするのです。

金銭的に豊かな人や
経済的に成功した人たちと同じ
あり方を手本にして、
同じような感じ方、考え方、
行動に変えればいいわけです。

自分のあり方が変っていくと、
まわりの人からは
別人のように変わった
と言われるかもしれません。

余力の秘密

その後、何のために
豊かになりたいのか?
いろいろ考えてみましたが、
豊かでないから、
豊かさを実感したいため、
時間と金銭面で豊かでないから
などとピンと来るものが出てきません。

自分にとって豊かさとは
どういうものなのか?
がよくわかっていなかったからで、
自分はどうも物質的な豊かさを
追い求める傾向にある
ことがわかりました。

それで、自分にとって
豊かさとはどういうものか?
をたどって行くと、
くめどもくめども
尽きないもの、
ちょうど自分の思い、
熱き思いのようなものが
浮かんできました。

この豊かさについては、
自分の中でもうしばらく温めてから
また取り上げたいと思います。

さて今日は、
デール・カーネギーの
「話し方入門」
から心に残ったことを
紹介させてください。

この本は人にどうやって伝えるか、
コミュニケーション力をみがく上で
大変参考になる内容が書かれています。

昨日読んだ中で一番印象的だったのが
「余力の秘密」についてでした。

スピーチの準備には
100個の資料を集めて
90個を捨てる
心意気が必要だということです。

なぜ営業マンは
手がけている商品の
AからZまでを知り尽くす
必要があるのか?
すべてはお客のためではなく
自分自身のためである
ということです。

情報を十分に仕入れ
たくわえておく最大の理由は、
口では説明できないような
思い入れが心の中に生じ、
活力がみなぎり
気迫に満ちた余力を
自分に与えてくれる
からなのです。

何ごとをやるにも
90を捨てる覚悟で、
100の準備をすること。
そこから自信と余裕も
生まれること
を教えてもらいました。